百済の面影・扶餘の旅

扶餘を楽しむ(見どころ)

聖興山城(ソンフンサンソン):성흥산성(指​​定番号:史跡第3号)

  • 住所忠清南道扶餘郡林泉面クンサン里山1-1
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扶餘の南方に位置する聖興山(標高260m)の山頂にある山城。外周1.5km。泗沘(サビ)城は街全体が羅城で囲まれていたが、この羅城をさらに外側から囲むように、いくつも山城が築かれている。聖興山城はこの都のすぐ南を守る位置にあり、この地が百済にとって重要な地であったことが伺える。

501年、東城王が衛士佐平、苩加(ペッカ)を派遣して築かせた。扶餘の南15キロの聖興山にある山城である。だが公州出身の百加は、この派遣に対して疑心暗鬼となり、城を築造した501年に東城王に刺客を送り、さらに、次の王、武寧王に対してこの城を拠点に反乱したが、すぐに鎮圧され殺されたと。「三国史記」にある。

山の高さは260m、城壁は石積で約800m、城壁の高さは3-4mである。石積は復元されていて、下から城壁を見渡すことが出来る。城の東壁の内側には井戸があって今日も利用されている。城内には建物跡のほか、百済から高麗にかけての瓦片、土器片が散在する。

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(2011年10月1日掲載)

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